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信仰のあり方
こんにちは
年末年始と多忙を極め、なかなかブログを更新できません。お許しください。
フェイスブックは「中紙賢孝日梵」で検索できると思います。利用なさっている方は是非友人になりましょう。
数年前に伏見在住のMさんから電話があった。
「法華経を修行したいので定期的にお寺に伺いたい。お題目を唱えて先祖供養もしたい。御本尊もお祀りしたいとも考えている。ただ、現在生活が苦しくて、職も流動的なため、その時に応じた布施供養しかできないが構わないですか?」
勿論二つ返事で来寺を促した。
その男性は毎月お寺に参拝する。体調の悪いときや仕事の融通がきかないときも、何とか参る努力をし、無理な場合は電話をくださる。財政的に厳しいにも関わらず、ひとつき空いた翌月は空いた分を足して若干お布施が増えている時もある。
息子の安穏を願って献灯料を供えることも。
今日もその方が参拝した。
「いつも丁寧に供養していただいて申し訳ないので自我偈とお題目だけ唱えてくだされば結構です」と仰る。
財政的なことで遠慮しておられるのだと感じたが、いつも通り法要をさせていただいた。
帰りがけに「気持ちがスッとしました。また一ヶ月頑張ります」と嬉しそうに帰って行った。
最近は新興宗教が流行る。自分の目的や夢を達成させるために、その手段として一生懸命信仰するが、先祖を敬ったり、他者の幸福を願ったりと、空気のように目立たないが、息をするように大切なことがおろそかになる。
現代人は自分のしたいこと・興味のあることを一生懸命して満足する。しかし、本来なすべき事を無視していることも多く、それでは本質を見いだせない。スタンプラリーと同じだ。
Mさんのような平凡な日常行動に本物の信仰心を見出すとき、法悦に浸る。
最後に先日参拝した靖国神社の絵馬に
「娘にとって最善の道を歩むことができますようお導きください 母」とあった。 合掌 住職日梵
年末年始と多忙を極め、なかなかブログを更新できません。お許しください。
フェイスブックは「中紙賢孝日梵」で検索できると思います。利用なさっている方は是非友人になりましょう。
数年前に伏見在住のMさんから電話があった。
「法華経を修行したいので定期的にお寺に伺いたい。お題目を唱えて先祖供養もしたい。御本尊もお祀りしたいとも考えている。ただ、現在生活が苦しくて、職も流動的なため、その時に応じた布施供養しかできないが構わないですか?」
勿論二つ返事で来寺を促した。
その男性は毎月お寺に参拝する。体調の悪いときや仕事の融通がきかないときも、何とか参る努力をし、無理な場合は電話をくださる。財政的に厳しいにも関わらず、ひとつき空いた翌月は空いた分を足して若干お布施が増えている時もある。
息子の安穏を願って献灯料を供えることも。
今日もその方が参拝した。
「いつも丁寧に供養していただいて申し訳ないので自我偈とお題目だけ唱えてくだされば結構です」と仰る。
財政的なことで遠慮しておられるのだと感じたが、いつも通り法要をさせていただいた。
帰りがけに「気持ちがスッとしました。また一ヶ月頑張ります」と嬉しそうに帰って行った。
最近は新興宗教が流行る。自分の目的や夢を達成させるために、その手段として一生懸命信仰するが、先祖を敬ったり、他者の幸福を願ったりと、空気のように目立たないが、息をするように大切なことがおろそかになる。
現代人は自分のしたいこと・興味のあることを一生懸命して満足する。しかし、本来なすべき事を無視していることも多く、それでは本質を見いだせない。スタンプラリーと同じだ。
Mさんのような平凡な日常行動に本物の信仰心を見出すとき、法悦に浸る。
最後に先日参拝した靖国神社の絵馬に
「娘にとって最善の道を歩むことができますようお導きください 母」とあった。 合掌 住職日梵
天皇誕生日によせて
今日は天皇誕生日。幼少の頃、亡き父に連れられて参った一般参賀を思い出します。当時は先帝ご誕生の4月29日でした。とても沢山の人の列が連なり手には日の丸。二重橋から皇居内に入りました。今思うと皇居の中は伊勢神宮の内宮のような佇まいです。
宮殿前ベランダを皆が見上げる。「間もなく天皇陛下がお出ましになります」アナウンスが入る。それと同時に旗の音と人々の声。球場やコンサートにで聞く歓声とは明らかに違う。まさに「歓喜の声」でした。陛下がお話しになる御振る舞いを察知するや一瞬に静寂、そして再び歓喜。
ふと隣を見ると老父を支えながら参拝に来ている息子。私の父はその息子さんの姿を見て目を潤ませていました。
あれから30年以上経ちますが、拙僧は他界した父に親孝行ができただろうか。いつの日か父の位牌を抱いて一般参賀に上がりたい。
謹んで今上陛下のご生誕をお祝い申し上げます。南無妙法蓮華経
宮殿前ベランダを皆が見上げる。「間もなく天皇陛下がお出ましになります」アナウンスが入る。それと同時に旗の音と人々の声。球場やコンサートにで聞く歓声とは明らかに違う。まさに「歓喜の声」でした。陛下がお話しになる御振る舞いを察知するや一瞬に静寂、そして再び歓喜。
ふと隣を見ると老父を支えながら参拝に来ている息子。私の父はその息子さんの姿を見て目を潤ませていました。
あれから30年以上経ちますが、拙僧は他界した父に親孝行ができただろうか。いつの日か父の位牌を抱いて一般参賀に上がりたい。
謹んで今上陛下のご生誕をお祝い申し上げます。南無妙法蓮華経
今時の若者あれこれ
数年前になるが早稲田大学サークル早稲田精神昂揚会のメンバー20人が本要寺に宿泊した。彼らは、恵まれた世の中にあって、「苦労」を経験する機会がすこぶる少ない。それでは人として円満具足できないのではないかと感じ、あえて毎年ストイックな行軍をする。その年は箱根から京都までを走破する企画で、一日の食費が一人百円。米と味噌のみ持参し、東海道を進むという。各地の宿泊先は公民館や寺院が主だが、今時ながら彼らの真摯な態度と礼節に共感したからか、多くの協力者がいたとか。
拙寺も前もって電話連絡を頂いたのだが、その後綿密な計画書を郵送してきた。前日当日と連絡もあり、安心してお貸しできると感じた。
当日は最後の宿泊先なので、檀家さんと相談し、前夜祭としてささやかなおもてなしをした。若者が好きそうなオードブルやピザ、飲物を振る舞い、仏様も鼻を摘むような神聖な薫りをスーパー銭湯で落としてもらった。
彼らは右翼・左翼・唯物主義者・無神論者・信仰家等多様な学生で構成されていたが、議論こそすれどもとても仲が良い。会長「このご恩は一生忘れません。すぐに恩返しできないが社会に貢献する人物となって恩返しとしたい」と言い残して去っていった。皆清々しい気持ちになった。本当に彼らと巡り会うことが出来て良かった。
昨年、某国立大学のヨット部が琵琶湖で大会があるので2泊3日の宿泊をお願いしたいと連絡を受けた。既に多くの寺院に断られているらしく、 許可すると喜んでいるようだった。その際、連絡先や詳細をメールしてほしい旨連絡する。その後全く連絡がないので、確認するとやっと送ってきた。コンビニおにぎりの手配などが必要らしいので、こちらですべて引き受けた。
そして当日、到着時刻を大幅に過ぎても来る気配がない。心配になった拙僧は担当者携帯に連絡すると漸くつながる。
住職「私は大津本要寺住職の中紙です」
学生「え!あっはいい」
住職「大津本要寺の中紙ですけど」
学生「あっはいい」
住職「おたくは○○大ヨット部の方ですよね」
学生「ええそうですけど」
住職「あの、おたくは今日本要寺に宿泊するんですよね」
学生「はい。泊まります」
住職「遅れるなら連絡してくださいよ。こちらも予定がありますので」
学生「あー。はいー」
その後遅れて彼らは到着した。気持ちよく利用していただきたいのだが、あえて主将を務める三年生女子に説教した。
・寺は旅館じゃない。君たちのために予定を調整していることを理解しないといけない。
・遅刻は他人の時間を奪うことなのだからしっかり連絡しないといけない。自分達の値打ちも下げる。
・少なくても前日か当日の朝に連絡入れるべき。
・「あーはい」ばかりで挨拶や「お世話になります」がなぜ言えないのか。
・主将が導いて問題意識を共有しなさい。
その後無事大会も終了し、掃除をして礼を言い帰って行った。
主将からは丁寧な礼状を頂いた。
そして本年・・・・・・
同ヨット部から再び宿泊の依頼電話がある。主将が替わり今年は男子だ。予定を調整し、宿泊を許可した。その際、当方も予定が詰まっているので人数や予定、連絡先を早急にメールするようにお願いしておいたのだが。
その後二十日以上たっても全くメールがない。拙僧が主将に電話をした。
住職「大津本要寺住職の中紙ですけど」
主将「あっはい」
住職「本要寺の中紙ですけど」
主将「はい」
住職「おたくはヨット部の主将さんですね」
主将「はい」
住職「私のことわかりますか」
主将「あーはい。ああ。連絡先のメールのことですよねー」
アウトーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何故単純な挨拶ができないのか?なぜ言い訳せずに「メール遅れて申し訳ありません」が言えないのか?言葉でなくても行動で示すこともできる。
気の毒だが丁重に宿泊をお断りさせていただきました。あてがわれるだけ、行為をただ消費するだけでは、彼らのためにならないと判断したからです。
物質社会で何不自由なく生活していると、感謝が無くなる。あっても、すっと感謝を表現できない。言葉に表さずとも行動に示せばよいが、それもない。
親しくない他者から挨拶をされると不愉快になる話を聞いたことがある。拙僧も、コンビニレジで礼を言うと怪訝な顔をされ、御礼言ったんだよって説明すると妙な反応だった。不思議に思っていたら後にネット上で「レジで客にありがとうと言われたくない。不愉快になる」といった投稿を見つけた。私は仕事。貴方は知らない人で親しくないから声かけるな」だって。
世も末だ。セールスの電話でも、しつこく購入を要求されるので、今は無理だが数ヶ月後に購入の可能性はあると伝え、後日ふたたび連絡がある。状況が熟さず、申し訳ないがやはり購入は難しいと伝えると「買ってくれるって言ったでしょ。だから電話したのに」と逆に怒られてしまった。
話を戻すが、昨日。ヨット部主将から再び電話があった。
「どうしても宿泊先がないのでなんとかなりませんかねー」
「何処か紹介していただけないですかね」
挨拶はなく自己主張ばかりだった。
こちらは意地悪するつもりもなく、恩を着せるつもりもない。ただ、甘えさせるだけなら彼らが社会人として生きていく為の気づきを逸してしまうだろう。
真摯に宿泊させてもらえるような電話してこないところ見ると何もわかってない。結局他力本願だ。これが「ゆとり」の一端なのか?それとも物質社会の問題なのか?
日本は礼節を重んじ、恩を知り恩に報いる行為を大切にする。
前者と後者、若者にも種々相あるが、今の学校で教わらないことを、家庭や地域社会でしっかり伝えていく必要がありそうだ。
拙寺も前もって電話連絡を頂いたのだが、その後綿密な計画書を郵送してきた。前日当日と連絡もあり、安心してお貸しできると感じた。
当日は最後の宿泊先なので、檀家さんと相談し、前夜祭としてささやかなおもてなしをした。若者が好きそうなオードブルやピザ、飲物を振る舞い、仏様も鼻を摘むような神聖な薫りをスーパー銭湯で落としてもらった。
彼らは右翼・左翼・唯物主義者・無神論者・信仰家等多様な学生で構成されていたが、議論こそすれどもとても仲が良い。会長「このご恩は一生忘れません。すぐに恩返しできないが社会に貢献する人物となって恩返しとしたい」と言い残して去っていった。皆清々しい気持ちになった。本当に彼らと巡り会うことが出来て良かった。
昨年、某国立大学のヨット部が琵琶湖で大会があるので2泊3日の宿泊をお願いしたいと連絡を受けた。既に多くの寺院に断られているらしく、 許可すると喜んでいるようだった。その際、連絡先や詳細をメールしてほしい旨連絡する。その後全く連絡がないので、確認するとやっと送ってきた。コンビニおにぎりの手配などが必要らしいので、こちらですべて引き受けた。
そして当日、到着時刻を大幅に過ぎても来る気配がない。心配になった拙僧は担当者携帯に連絡すると漸くつながる。
住職「私は大津本要寺住職の中紙です」
学生「え!あっはいい」
住職「大津本要寺の中紙ですけど」
学生「あっはいい」
住職「おたくは○○大ヨット部の方ですよね」
学生「ええそうですけど」
住職「あの、おたくは今日本要寺に宿泊するんですよね」
学生「はい。泊まります」
住職「遅れるなら連絡してくださいよ。こちらも予定がありますので」
学生「あー。はいー」
その後遅れて彼らは到着した。気持ちよく利用していただきたいのだが、あえて主将を務める三年生女子に説教した。
・寺は旅館じゃない。君たちのために予定を調整していることを理解しないといけない。
・遅刻は他人の時間を奪うことなのだからしっかり連絡しないといけない。自分達の値打ちも下げる。
・少なくても前日か当日の朝に連絡入れるべき。
・「あーはい」ばかりで挨拶や「お世話になります」がなぜ言えないのか。
・主将が導いて問題意識を共有しなさい。
その後無事大会も終了し、掃除をして礼を言い帰って行った。
主将からは丁寧な礼状を頂いた。
そして本年・・・・・・
同ヨット部から再び宿泊の依頼電話がある。主将が替わり今年は男子だ。予定を調整し、宿泊を許可した。その際、当方も予定が詰まっているので人数や予定、連絡先を早急にメールするようにお願いしておいたのだが。
その後二十日以上たっても全くメールがない。拙僧が主将に電話をした。
住職「大津本要寺住職の中紙ですけど」
主将「あっはい」
住職「本要寺の中紙ですけど」
主将「はい」
住職「おたくはヨット部の主将さんですね」
主将「はい」
住職「私のことわかりますか」
主将「あーはい。ああ。連絡先のメールのことですよねー」
アウトーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何故単純な挨拶ができないのか?なぜ言い訳せずに「メール遅れて申し訳ありません」が言えないのか?言葉でなくても行動で示すこともできる。
気の毒だが丁重に宿泊をお断りさせていただきました。あてがわれるだけ、行為をただ消費するだけでは、彼らのためにならないと判断したからです。
物質社会で何不自由なく生活していると、感謝が無くなる。あっても、すっと感謝を表現できない。言葉に表さずとも行動に示せばよいが、それもない。
親しくない他者から挨拶をされると不愉快になる話を聞いたことがある。拙僧も、コンビニレジで礼を言うと怪訝な顔をされ、御礼言ったんだよって説明すると妙な反応だった。不思議に思っていたら後にネット上で「レジで客にありがとうと言われたくない。不愉快になる」といった投稿を見つけた。私は仕事。貴方は知らない人で親しくないから声かけるな」だって。
世も末だ。セールスの電話でも、しつこく購入を要求されるので、今は無理だが数ヶ月後に購入の可能性はあると伝え、後日ふたたび連絡がある。状況が熟さず、申し訳ないがやはり購入は難しいと伝えると「買ってくれるって言ったでしょ。だから電話したのに」と逆に怒られてしまった。
話を戻すが、昨日。ヨット部主将から再び電話があった。
「どうしても宿泊先がないのでなんとかなりませんかねー」
「何処か紹介していただけないですかね」
挨拶はなく自己主張ばかりだった。
こちらは意地悪するつもりもなく、恩を着せるつもりもない。ただ、甘えさせるだけなら彼らが社会人として生きていく為の気づきを逸してしまうだろう。
真摯に宿泊させてもらえるような電話してこないところ見ると何もわかってない。結局他力本願だ。これが「ゆとり」の一端なのか?それとも物質社会の問題なのか?
日本は礼節を重んじ、恩を知り恩に報いる行為を大切にする。
前者と後者、若者にも種々相あるが、今の学校で教わらないことを、家庭や地域社会でしっかり伝えていく必要がありそうだ。
素晴らしい葬儀と最近の傾向
昨日、師僧の自坊で葬儀の役僧を依頼されました。故Gさんは信行会の会長を務められるなど、寺門興隆に絶大な貢献をなさった方で、いつ訪ねても必ずお寺にいらっしゃいました。人柄も明るく、心から菩提寺を愛しておいででした。拙僧も出家得度以来大変お世話になり、報恩も込めて全身全霊で霊山往詣を祈念いたしました。
当日は親族関係者はじめ、信行会員が総出で参列、出棺時は勇壮な団扇太鼓の音色、皆で声浪々とお題目をお唱えしました。喪主の息子様の挨拶で「頑固な父でしたので、よく衝突することもありましたが、今日、皆様の温かな御心に触れて、父の家族では感じ得ない部分を評価していただいたことを認識し、感謝の気持ちで一杯です。」と仰いました。なくなったお父様が心の中に蘇った瞬間ですね。葬儀ってやはり必要だと思います。
太鼓を叩きながらふと思った。十数年前の華やかな落慶法要、笑顔に満ちた檀家さん。副住職が荒行から帰山した際の誇らしい瞬間。そして今回の葬儀と、お寺って一つの空間で色々な相があるけれど、人生の卒業式を愛すべき我が寺で厳修できた故Gさんも生きた関係者も皆笑っているかのように見えました。
最近は直葬と言った便利な言葉がありますね。そのような言葉を誰が考案したのか?ペットが亡くなり供養する人が増えていますが、動物の直葬が減り、人の直葬が増える。変な世の中になりました。
皆様はその言葉に救われているのでしょうか、惑わされているのでしょうか。現代日本人は瞬間に囚われ、ただ生きているだけの者が多いのか、誕生日や結婚式、成人式は派手にしても、葬式はしない。他者からの恩を消費だけして報ずることをしない。自分本意に生き、自分の為だけに物質を消費する。遺族はサラッと「直葬しましたが四十九日はしたい」と言う。形だけで心が伴わない儀式などそれこそ無意味。
ある方は「成仏するためには四十九日をしてやらないといけないと聞いた」という。なら、どうして葬儀してやれなかったの?曰く「時間と費用を節約した。最近はみんな直葬が増えているらしいから」と。現代人はけっこう霊やお化けを気にするしスピリチュアルだのパワースポットだの言いますが、ここで故人が化けて出ることは考えなかったのかな?
人として心を養う機会が葬儀や供養なのだと思います。そして、自他共に仏道を成ずると言うように、皆の真摯な祈念が故人の魂を宗教的救済世界に安住させ浄化成仏するのです。煩悩に惑わされ、執着心を残し、顛倒する衆生の魂は、未浄化の風になるか、輪廻の渦に呑み込まれてしまう。
故Gさんは千の風にならずに霊山浄土に安住したことでしょう。そして我々をお見守りくださるでしょう。
当日は親族関係者はじめ、信行会員が総出で参列、出棺時は勇壮な団扇太鼓の音色、皆で声浪々とお題目をお唱えしました。喪主の息子様の挨拶で「頑固な父でしたので、よく衝突することもありましたが、今日、皆様の温かな御心に触れて、父の家族では感じ得ない部分を評価していただいたことを認識し、感謝の気持ちで一杯です。」と仰いました。なくなったお父様が心の中に蘇った瞬間ですね。葬儀ってやはり必要だと思います。
太鼓を叩きながらふと思った。十数年前の華やかな落慶法要、笑顔に満ちた檀家さん。副住職が荒行から帰山した際の誇らしい瞬間。そして今回の葬儀と、お寺って一つの空間で色々な相があるけれど、人生の卒業式を愛すべき我が寺で厳修できた故Gさんも生きた関係者も皆笑っているかのように見えました。
最近は直葬と言った便利な言葉がありますね。そのような言葉を誰が考案したのか?ペットが亡くなり供養する人が増えていますが、動物の直葬が減り、人の直葬が増える。変な世の中になりました。
皆様はその言葉に救われているのでしょうか、惑わされているのでしょうか。現代日本人は瞬間に囚われ、ただ生きているだけの者が多いのか、誕生日や結婚式、成人式は派手にしても、葬式はしない。他者からの恩を消費だけして報ずることをしない。自分本意に生き、自分の為だけに物質を消費する。遺族はサラッと「直葬しましたが四十九日はしたい」と言う。形だけで心が伴わない儀式などそれこそ無意味。
ある方は「成仏するためには四十九日をしてやらないといけないと聞いた」という。なら、どうして葬儀してやれなかったの?曰く「時間と費用を節約した。最近はみんな直葬が増えているらしいから」と。現代人はけっこう霊やお化けを気にするしスピリチュアルだのパワースポットだの言いますが、ここで故人が化けて出ることは考えなかったのかな?
人として心を養う機会が葬儀や供養なのだと思います。そして、自他共に仏道を成ずると言うように、皆の真摯な祈念が故人の魂を宗教的救済世界に安住させ浄化成仏するのです。煩悩に惑わされ、執着心を残し、顛倒する衆生の魂は、未浄化の風になるか、輪廻の渦に呑み込まれてしまう。
故Gさんは千の風にならずに霊山浄土に安住したことでしょう。そして我々をお見守りくださるでしょう。
金のなる木
●お金に不自由しない人
1 感謝の生活をする人
2 収入以下で生活する人
3 賭けを当てにせぬ人
4 独立自尊心が強く、責任感のある人
5 仕事を趣味とする人
6 一事を貫く人
7 常に節約する人
8 金や物を大切にする人
9 他者の幸せを悦び、すすんで施しのできる人
10 常に神仏を敬い、信仰の浮気をしない人
●お金に不自由する人
1 常に不平不満を言う人
2 見栄を張り贅沢する人
3 一攫千金を夢見る人
4 依頼心・依存心が強く、人任せの人
5 朝寝道楽の強い人
6 三日坊主の人
7 常に借金をする人
8 金や物を粗末にする人
9 自分の為に打算的で他者に施せない人・ケチ
10 欲の為に神頼みしコロコロ信仰の浮気をする人
1 感謝の生活をする人
2 収入以下で生活する人
3 賭けを当てにせぬ人
4 独立自尊心が強く、責任感のある人
5 仕事を趣味とする人
6 一事を貫く人
7 常に節約する人
8 金や物を大切にする人
9 他者の幸せを悦び、すすんで施しのできる人
10 常に神仏を敬い、信仰の浮気をしない人
●お金に不自由する人
1 常に不平不満を言う人
2 見栄を張り贅沢する人
3 一攫千金を夢見る人
4 依頼心・依存心が強く、人任せの人
5 朝寝道楽の強い人
6 三日坊主の人
7 常に借金をする人
8 金や物を粗末にする人
9 自分の為に打算的で他者に施せない人・ケチ
10 欲の為に神頼みしコロコロ信仰の浮気をする人
東日本大震災 本要寺を祈りの場としてご活用ください
大津市 日蓮宗本要寺では今般発生いたしました東日本大震災に際し、全山あげての支援を心がけておりますが、本堂には四十九日を経過し、震災総犠牲者様の本位牌を安置しております。
大津市近辺にお住まいのご遺族様や関係者様、また、祈りを捧げたい善男善女にはご参拝いただければと存じます。
※法務のため留守の場合もございますので、前もってご連絡くだされば確実に開堂しております。
520-0046 滋賀県大津市長等2-3-29 日蓮宗本要寺
メールアドレス honyouji@bj9.so-net.ne.jp
電話 077-522-0337

大津市近辺にお住まいのご遺族様や関係者様、また、祈りを捧げたい善男善女にはご参拝いただければと存じます。
※法務のため留守の場合もございますので、前もってご連絡くだされば確実に開堂しております。
520-0046 滋賀県大津市長等2-3-29 日蓮宗本要寺
メールアドレス honyouji@bj9.so-net.ne.jp
電話 077-522-0337
東日本大震災で被災された皆様へ
この度の大震災に際し衷心よりお見舞い申し上げます。
震災犠牲者様の回向・被災期間中に年忌に当たる霊位回向・日々生活においての各種祈願その他 なんでも。遠慮なく大津市本要寺にご連絡ください。遠方ですが精一杯祈ります。 心は皆様と共にありたいと願っております。
※財施は不要です。ご心配なくご用命ください。
連絡先
520-0046 滋賀県大津市長等2-3-29 日蓮宗本要寺
電話 077-522-0337
メール honyouji@bj9.so-net.ne.jp
可能な限りで構いませんので回向・祈願の内容をお伝え下さい。必ずお祈りいたします。
震災犠牲者様の回向・被災期間中に年忌に当たる霊位回向・日々生活においての各種祈願その他 なんでも。遠慮なく大津市本要寺にご連絡ください。遠方ですが精一杯祈ります。 心は皆様と共にありたいと願っております。
※財施は不要です。ご心配なくご用命ください。
連絡先
520-0046 滋賀県大津市長等2-3-29 日蓮宗本要寺
電話 077-522-0337
メール honyouji@bj9.so-net.ne.jp
可能な限りで構いませんので回向・祈願の内容をお伝え下さい。必ずお祈りいたします。
東日本大震災犠牲者慰霊・葬儀式のご案内
東日本大震災の犠牲者はおそらく数万人規模になると推測されます。多くの方は身元確認も難しく、遺体の埋葬についても火葬に限界があるため、現時点では自治体判断で土葬される場合もあると報道されています。当然の如く、通夜・葬儀も執り行われることなく、合同慰霊といった形での供養となるでしょう。
日本の寺院数は約八万件。この数はコンビニや郵便局より圧倒的に多いのです。
それなら供養対象者は不明でも、全国の寺院で檀信徒様・宗派問わず志のある方に参列していただき、現時点で死亡が確認されている霊位の供養を勤めれば犠牲者への葬儀をサポートできます。
命の尊厳、その延長線上に死者供養があると拙僧は考えます。祈りを通じて敬意を表すことは、現時点で我々にできる支援の一つかと考えます。
このことを緊急提案として拙僧ツイッターに投稿したところ、多くのご寺院様より共感連帯の動きが見られました。よって本要寺でも下記日時に犠牲者の為の葬儀式を厳修申し上げます。皆様も是非慰霊のためご参列ください。
日時 平成23年3月21日(春分の日)午前11時から
場所 滋賀県大津市長等2ー3-29 日蓮宗本要寺
参加者 志のある方すべて(宗派を問いません)
被災者の安穏、行方不明者の無事祈願、現持点での犠牲者葬儀を勤めます
当日の御供えは全て義援金として寄付します。
駐車場がありませんので公共交通機関を利用するか近隣有料駐車場に駐車願います。 以上
日本の寺院数は約八万件。この数はコンビニや郵便局より圧倒的に多いのです。
それなら供養対象者は不明でも、全国の寺院で檀信徒様・宗派問わず志のある方に参列していただき、現時点で死亡が確認されている霊位の供養を勤めれば犠牲者への葬儀をサポートできます。
命の尊厳、その延長線上に死者供養があると拙僧は考えます。祈りを通じて敬意を表すことは、現時点で我々にできる支援の一つかと考えます。
このことを緊急提案として拙僧ツイッターに投稿したところ、多くのご寺院様より共感連帯の動きが見られました。よって本要寺でも下記日時に犠牲者の為の葬儀式を厳修申し上げます。皆様も是非慰霊のためご参列ください。
日時 平成23年3月21日(春分の日)午前11時から
場所 滋賀県大津市長等2ー3-29 日蓮宗本要寺
参加者 志のある方すべて(宗派を問いません)
被災者の安穏、行方不明者の無事祈願、現持点での犠牲者葬儀を勤めます
当日の御供えは全て義援金として寄付します。
駐車場がありませんので公共交通機関を利用するか近隣有料駐車場に駐車願います。 以上
拙僧はまだまだ人格修行がたりません
スーパーに行ったら三陸産塩もみ生わかめが販売。御宝前に供え供養しようと購入したが手に取った瞬間漁師さんの温もりを感じたような気がした。涙がこぼれた。普段何も思わなかったのに・・・ありがとう
緊急提言(大震災) 全国のご寺院様へ
今回、大震災の被害者はおそらく数万人規模になると推測されます。遺体の埋葬については自治体判断で土葬、おそらく合同慰霊となります。勿論通夜・葬儀をしてあげることも不可能です。
日本の寺院数はコンビニより多い約八万件。
それなら全ての寺院で、供養対象は不明でも通夜葬儀を厳修しようではありませんか。
各ご寺院の檀信徒様にご列席を願い謹んでご冥福を祈ろうではありませんか!!!
滋賀県大津市日蓮宗本要寺 京都府京田辺市日蓮宗法華寺 住職 中紙賢孝日梵
日本の寺院数はコンビニより多い約八万件。
それなら全ての寺院で、供養対象は不明でも通夜葬儀を厳修しようではありませんか。
各ご寺院の檀信徒様にご列席を願い謹んでご冥福を祈ろうではありませんか!!!
滋賀県大津市日蓮宗本要寺 京都府京田辺市日蓮宗法華寺 住職 中紙賢孝日梵
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