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チベット物故者慰霊法要参列 [チベット問題]

 先日、東京の真言宗豊山派大本山護国寺においてチベット人を交えたチベット物故者慰霊法要があり、三十名くらいの人たちと供養申し上げて参りました。
 蝋燭の灯火の中、護国寺大師堂(本要寺と同じくらいのお堂)で経典やチベット語の真言「オンマニペメフーム」をチベット人が中心に唱えながらの供養となりました。
 護国寺は他宗派ですが、多くのチベット支援の法要や活動を支援しており、ミクシイのイベント掲示板にもよく出ています。拙僧は関西で生活しておりますので、行きたくてもいけず歯がゆい想いでしたが、今回は偶然にも縁があり、日蓮宗の法服にて参加しました。日蓮宗の法服を着た僧侶の参加に皆一同に驚いているようでした。
 また、この場に限ったことではないのですが、日蓮宗と創価学会を勘違いされている方も多く見受けられ、教義教学の相違点や、創価学会や日蓮正宗が完全放棄した釈尊への絶対帰依の重要性を説明することもでき、誤解を解く良い機会になりました。
 チベット人女性が「オンマニペメフーム」を唱えながら灯明に火をともしている光景に目頭が熱くなる思いがし、一日も早いチベット国内の平和とをご祈念申し上げました。
 釈尊は煩悩の炎を消して涅槃寂静の境地に至りました。今回一連の五輪騒動に関し、我々仏教徒は世俗の体裁や国威を燃料とした偽りの炎を、慈悲と憐憫の想いを胸に拒否しなければなりません。その炎が人類の実りと成りうるものとなったとき、人類の繁栄の象徴として仏の灯明とするでしょう。

堂内の様子
P1020134.JPG

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DLは暴力宗教の象徴

1987年2月24日ならびに1988年7月6日に、松本智津夫死刑囚らはダライ・ラマ14世とインドで会談した。両者の会談の模様はビデオならびに写真撮影されて、オウム真理教の広報・宣伝活動に大いに活用された。会談では、ダライ・ラマ14世が「私がチベットにおいて仏教のために実践していること(すなわち自治政府による独立を目指した革命運動)を、あなたは日本において行いなさい」と松本智津夫死刑囚に告げたと、オウム真理教は述懐した。さらにダライ・ラマ14世は布施の名目で1億円もの寄付をオウム真理教から受け取っており、オウム真理教が東京都で宗教法人格を取得した際にはダライ・ラマ14世は東京都に推薦状を提出するなど、オウム真理教を積極的に支援していた。
by DLは暴力宗教の象徴 (2008-04-24 16:27) 

T・H

はじめまして。
以前より時々ブログを拝見しておりました。
この度思い切って、初めてコメントさせていただきます。

「DLは暴力宗教の象徴」さんは、何を主張したくてコメントされたのでしょうか?
ほぼ、ウィキペディアからの丸写しの文章ですし、何より、人様のブログにコメントをする際に非常識きわまりない書き方ですね。
オウム真理教との過去の関わりを使ってダライ・ラマさんを非難したいのでしょうけれど、インドでの会談を引き合いに出すのは間違っていると思います。
ダライ・ラマさんは占い師でもなければ、全知全能の神でもないのです。(そのことは、日本での公演でご本人が仰っています)
その当時に、松本死刑囚が将来大きな間違いを起こすことなど知るよしもないし、知るすべもありません。

ご住職の意見に反論されたいのなら、ご自分の言葉でお書きになったら如何でしょうか?
意味のない文字の羅列では何も伝わりませんよ。

それにしても、護国寺さんでの法要は厳かでお釈迦様から始まった仏教に一番近いかたちでの法要なんでしょうね。
チベット人は、こういった法要をする時にでも常に、チベット・中国両国の人のために祈るんだそうですね。
そういう心の広い考え方は、なかなか出来ません。
私のような不出来な人間は、仲間が迫害に遭っていたりしたら、その仲間のためにしか祈れないと思います。
広い視野をもって心から祈れる、というのは、やはり生まれながらにして身近に仏教というものが生活の一部として存在するからなのでしょうか?
学ぶことが大変多いです。

初めてコメントしましたのに、長々と失礼いたしました。
今後も、時々ブログを拝見させていただきます。
by T・H (2008-04-25 23:59) 

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