So-net無料ブログ作成
検索選択

今時の若者あれこれ

 数年前になるが早稲田大学サークル早稲田精神昂揚会のメンバー20人が本要寺に宿泊した。彼らは、恵まれた世の中にあって、「苦労」を経験する機会がすこぶる少ない。それでは人として円満具足できないのではないかと感じ、あえて毎年ストイックな行軍をする。その年は箱根から京都までを走破する企画で、一日の食費が一人百円。米と味噌のみ持参し、東海道を進むという。各地の宿泊先は公民館や寺院が主だが、今時ながら彼らの真摯な態度と礼節に共感したからか、多くの協力者がいたとか。

 拙寺も前もって電話連絡を頂いたのだが、その後綿密な計画書を郵送してきた。前日当日と連絡もあり、安心してお貸しできると感じた。

 当日は最後の宿泊先なので、檀家さんと相談し、前夜祭としてささやかなおもてなしをした。若者が好きそうなオードブルやピザ、飲物を振る舞い、仏様も鼻を摘むような神聖な薫りをスーパー銭湯で落としてもらった。

 彼らは右翼・左翼・唯物主義者・無神論者・信仰家等多様な学生で構成されていたが、議論こそすれどもとても仲が良い。会長「このご恩は一生忘れません。すぐに恩返しできないが社会に貢献する人物となって恩返しとしたい」と言い残して去っていった。皆清々しい気持ちになった。本当に彼らと巡り会うことが出来て良かった。

 昨年、某国立大学のヨット部が琵琶湖で大会があるので2泊3日の宿泊をお願いしたいと連絡を受けた。既に多くの寺院に断られているらしく、 許可すると喜んでいるようだった。その際、連絡先や詳細をメールしてほしい旨連絡する。その後全く連絡がないので、確認するとやっと送ってきた。コンビニおにぎりの手配などが必要らしいので、こちらですべて引き受けた。

 そして当日、到着時刻を大幅に過ぎても来る気配がない。心配になった拙僧は担当者携帯に連絡すると漸くつながる。

住職「私は大津本要寺住職の中紙です」
学生「え!あっはいい」

住職「大津本要寺の中紙ですけど」
学生「あっはいい」

住職「おたくは○○大ヨット部の方ですよね」
学生「ええそうですけど」

住職「あの、おたくは今日本要寺に宿泊するんですよね」
学生「はい。泊まります」

住職「遅れるなら連絡してくださいよ。こちらも予定がありますので」
学生「あー。はいー」

その後遅れて彼らは到着した。気持ちよく利用していただきたいのだが、あえて主将を務める三年生女子に説教した。

・寺は旅館じゃない。君たちのために予定を調整していることを理解しないといけない。
・遅刻は他人の時間を奪うことなのだからしっかり連絡しないといけない。自分達の値打ちも下げる。
・少なくても前日か当日の朝に連絡入れるべき。
・「あーはい」ばかりで挨拶や「お世話になります」がなぜ言えないのか。
・主将が導いて問題意識を共有しなさい。

その後無事大会も終了し、掃除をして礼を言い帰って行った。

主将からは丁寧な礼状を頂いた。

そして本年・・・・・・

同ヨット部から再び宿泊の依頼電話がある。主将が替わり今年は男子だ。予定を調整し、宿泊を許可した。その際、当方も予定が詰まっているので人数や予定、連絡先を早急にメールするようにお願いしておいたのだが。

その後二十日以上たっても全くメールがない。拙僧が主将に電話をした。

住職「大津本要寺住職の中紙ですけど」
主将「あっはい」

住職「本要寺の中紙ですけど」
主将「はい」

住職「おたくはヨット部の主将さんですね」
主将「はい」

住職「私のことわかりますか」
主将「あーはい。ああ。連絡先のメールのことですよねー」

アウトーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

何故単純な挨拶ができないのか?なぜ言い訳せずに「メール遅れて申し訳ありません」が言えないのか?言葉でなくても行動で示すこともできる。

気の毒だが丁重に宿泊をお断りさせていただきました。あてがわれるだけ、行為をただ消費するだけでは、彼らのためにならないと判断したからです。

物質社会で何不自由なく生活していると、感謝が無くなる。あっても、すっと感謝を表現できない。言葉に表さずとも行動に示せばよいが、それもない。

 親しくない他者から挨拶をされると不愉快になる話を聞いたことがある。拙僧も、コンビニレジで礼を言うと怪訝な顔をされ、御礼言ったんだよって説明すると妙な反応だった。不思議に思っていたら後にネット上で「レジで客にありがとうと言われたくない。不愉快になる」といった投稿を見つけた。私は仕事。貴方は知らない人で親しくないから声かけるな」だって。

世も末だ。セールスの電話でも、しつこく購入を要求されるので、今は無理だが数ヶ月後に購入の可能性はあると伝え、後日ふたたび連絡がある。状況が熟さず、申し訳ないがやはり購入は難しいと伝えると「買ってくれるって言ったでしょ。だから電話したのに」と逆に怒られてしまった。 

話を戻すが、昨日。ヨット部主将から再び電話があった。

「どうしても宿泊先がないのでなんとかなりませんかねー」
「何処か紹介していただけないですかね」

挨拶はなく自己主張ばかりだった。

こちらは意地悪するつもりもなく、恩を着せるつもりもない。ただ、甘えさせるだけなら彼らが社会人として生きていく為の気づきを逸してしまうだろう。

真摯に宿泊させてもらえるような電話してこないところ見ると何もわかってない。結局他力本願だ。これが「ゆとり」の一端なのか?それとも物質社会の問題なのか?

日本は礼節を重んじ、恩を知り恩に報いる行為を大切にする。

前者と後者、若者にも種々相あるが、今の学校で教わらないことを、家庭や地域社会でしっかり伝えていく必要がありそうだ。


nice!(1)  コメント(0) 
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。